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2012年09月30日

双子のパラドックス(ノベライズ版)#04

作:zyun/イラスト:soriku


029(S)のコピー


彼は今”最果て”に辿り着く

認識も条理もそこには無い

果てしない孤独が見せたのは

幻のような少女の歌声――





3-5



 一体どれほどの時間が過ぎたのだろう?見渡す限りの真っ暗闇の中。辺り一面が黒の世界に変わってしまった。あるいは自分が黒い袋でも被っているのかもしれない。それに、何の音も聞こえない。心臓の音さえわからないような、あきらかに今まで接してきた世界とは全く異なる、異常な静寂に覆われていた。ここが宇宙の最果て。ここには生も、もしかして死も存在し得ないのかもしれないような場所だと、何の疑問もなくそう思える。それくらいにさっきまでの空間とは何もかもが違っていた。
 自分が今、目を開けているのか・閉じているのかもわからない。自分の耳が今、左右ともにちゃんと付いているのかも疑わしい。自分の身体は今、ちゃんと自分の形を保っているのかも判断できない。感覚の全てが溶けてそこいら中にあふれ出しているんじゃないかと怖くなる。もう自分が今までにいた世界から完全に剥離してしまったと考える他に納得できる答えはなかった。つまり、完璧な孤独。それがいつまで続くのかは知らないが、おそらく終わりを認識する事もできないのだろう。
 そんな中、彼が思い浮かべるのは地球のこと。自分は、失敗してしまった。おこがましくも他の飛行士たちの成功と、彼らの成果により人類が一刻も早く新しい住処へ移れたなら、と願わずにいられない。
 そして何よりも大切なリンのこと。自分は、失敗してしまった。もう二度と顔をあわせることも叶わないだろう。それでも、もう一度会いたかった。もう一度彼女の歌声を聴きたかった。もう一度彼女の笑顔を見たかった。何しろふたりは一心同体のようなもの。自分がこの世からいなくなった後で彼女はどうするのだろうか。変わらずにいてくれるだろうか。それはそれで少し寂しいことだけど、できればそうであって欲しい。何もかも忘れて幸せに、ただただ普通に生涯を生きて欲しい。何もない空間で独り、願望だけが浮かんでは消えていく。光を感じ取れないという意味を超えた、いわば絶望の闇が全てを心も身体も、そして魂をも飲み込んでゆく……。


 ふいに手の中に暖かな感触をみつける。それは、キーホルダー。リンがくれた大切なお守り。
 それに気づき、ぎゅっと握りしめたその瞬間、青い光が彼を包み込んだ――


4



 眩しさに瞑っていた両目をゆっくり開けると、そこは緑の多い、見晴らしの良い丘の上。空にはたくさんの星が見える。爽やかな風が肌をなでる感触がとても心地よい。状況を整理しようとするも、頭は朦朧としていてうまく働かない。

 「ここは……どこだ?」

 しばらくして次第に覚醒していく意識の中で、そよ風が運んできたのは少女の歌声のようだった。なんだか妙な感覚に襲われる。何故ならそれはずっと昔から知っている歌……自分が何か思い悩んだり、落ち込んだ時によく聞いた歌にとてもよく似ていたからだ。今になって思い返してみれば、任務遂行のための訓練漬けの日々はとても過酷なものだった。挫折やスランプに陥った時期も少なからずあった。けれどどんなに辛い事があってもその歌を、その歌声を聴けばうまく乗り越えられた。そうやってどうにか今日まで生きてきたはずだ。

 「ああ、そうだ、僕はこれが聞きたかったんだ……」

014のコピー


 独りきりの旅路の果て、すっかりからっぽになってしまっていたレンの心は、あっという間にその歌声で満たされていった。そして歌の聞こえる方を見ると、そこには大人の女性がふたり立っていた。ひとりは星々がまたたく晴天の夜空へ向かって歌を歌っていて、ひとりはそれを少し離れた場所で微笑んで眺めていた。そしてそれに気づいた時、妙な感覚はその色を変え、愛おしさや懐かしさがあふれてくる。ふたりとも自分よりも確実に年上のように見えた。……が、間違いない。間違うはずが無い。歌を歌っている女性。それはまぎれもない、鏡音凜だった。リンは大事そうに両手で何かを握り締め、胸元にそれをあてていた。そこから放たれた青白い光が全身を覆い、その神々しい姿にレンは見惚れた。彼女は自分に気づいていない。すぐにでも駆け寄りたかった。彼女の名を叫びたかった。けれど、まるで魔法にかかったかのように身動きがとれない。永遠のようで一瞬のような、曖昧な時間の流れの中で、ただただその奇跡のような光景と独唱を全身に浴び続けた。

 そして歌が終わり、彼女は空に向けて優しげな口調でこう言った。

 「レン、大丈夫。ここにあなたがいるのなら……ここに五十六枚の葉が揃ったのなら、運命は変わる。奇跡はきっと起こるはずだから」

 刹那、再び強い光に飲み込まれると、次の瞬間には船内に戻っていた。再び脳がごちゃごちゃと音を立てるかのごとく混乱する。一体何が起きたのだろうか。航路は正常に、地球に向かって進行していた。宇宙船は最果てに飲まれ、完全に停止していたはず。そう、確かに自分は失敗したはずだ。そして絶望の闇に堕ちて、何もかもを諦めかけていたはず。そこでリンからもらったお守りのキーホルダーを握り締めて……と、それに目をやってハッとした。クローバーはすっかりその容姿を変えてしまっていたのだ。キレイな緑色だったはずの葉色は枯れてボロボロになり、まるで何十年も経過したように劣化していた。それに加えて判然としない記憶。このお守りが光って、次に目を開けたら見覚えの無い場所にいて、そこでリンが歌っていた、ような。そしてそのリンは何故か随分と大人になっていた……。ついさっき起こった出来事のようで随分昔の事のような、曖昧だけどはっきりとした記憶が、乱雑にちらかったレンの頭の中でひとかたまりになっていた。

 そのひとかたまりの中にある、さらに小さい一つまみほどの記憶。最後、光に飲まれる直前に――

 「うまくいったわよね? リン」

 「もちろん! なんたって私とレンは一心同体なんだから」

 ――こんな会話が耳に入った、ような気がした。

 かくして何事も無かったように宇宙船は故郷へとまっすぐに進んでゆく。そして辿り着いたその場所に彼の知らない真実が待っている。

<つづく>





※今回ちと短めですが区切り的にここまで。
 ここからSF展開みたいなの始まります(。・ω・)ノ゙


zyun110 at 19:34│Comments(0)TrackBack(0) Web小説 | Vocaloid

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